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前世が猫だったおっさんによる、この上なく無駄なサイト。。。。ヾ( ̄Д ̄)
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今日はチャリで印西市松崎界隈の花畑や佐倉ふるさと広場などを巡った。途中の新川の畔。大きな葵が咲いていた。葉書よりも大きい・・・黄蜀葵(トロロアオイ)か? 家を出てから1時間ほど。ランチはにんにくたまご塩ラーメン。もちろんおろしにんにく大増量+豆板醤山盛り。スープも飲み干した。

松崎市船尾の秋葵(オクラ)畑。こちらも花が咲いていた。道端の道祖神。横に「文化十三子年」とあった。1816年・・・202前。

印西市松崎の花畑。さほど花は多くなかった。目当てだった鶏頭が特に少ない。。。

松崎から帰宅するつもりだったが、まだ14:30にもなっていなかったので足を延ばして佐倉ふるさと広場へ行った。今年は向日葵の開花が遅く、咲いていたのは風車側だけ。それも満開ではなく7~8部くらいか?・・・佐蘭花(さらんか=売店)側はほとんど咲いていなかった。23日から花火大会に備えて刈る予定だが、それまでに全体が満開になることはないだろう。花は少なかったが女の子のグループは多かった。帰りは向かい風・・・チャリをこぐのがしんどそうだったのでその前に笑顔(=元気)を貰った。

今日連れて行ったカメラはTAMRON AF 18-200mm F3.5-6.3 XR DiIIをつけたPENTAX K-x。下の画像をクリックすると、記録サイズ12M、画質★★★で撮り、1500×1000pixelに縮小した画像が開く。

暑かったーーー、汗かいたーーー、疲れたーーー、でも楽しかったーーー (^^)
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昨日(14日)は母方の墓参り。その後、墓がある墨田区太平1丁目から地下鉄の浅草駅まで歩いた。途中、隅田川を越える前にプチっと寄ったのが向島2丁目の三囲(みめぐり)神社。

江戸時代の豪商三井家が江戸における守護神として崇めた三井家所縁の神社。境内にはかつて三越池袋店(2009年5月閉店)にあったライオン像が置かれている。可愛い顔をした垂れ目の狛犬は享和2(1802)年の作とされ、「こんこんさん」と呼ばれている。

三角石鳥居は三井邸内に明治7(1874)年に三井邸内に造られ、平成6(1994)年にこの場所に移された。拝殿の右手には二つの白狐祠と、それを守っていたという老翁老嫗像。赤い鳥居が並ぶ。

三囲神社から桜橋を渡って浅草富士浅間神社へ。浅草富士浅間神社の創建は元禄年間(1688~1703年)と推測されているらしい。現在の社殿は平成10(1998)年に建てられたもの。

小さな富士塚は平成28(2016)年6月にできたもの。境内のレベルがすでに五合目で、7段目で九合目に達し、折り返して頂上。

向かいの台東区立富士小学校にある創立100周年の記念碑「いのち輝かす」も校名にちなんで富士っぽい。浅草富士浅間神社から地下鉄の浅草駅まで隅田川沿いを歩いた。川沿いへ出る間に見かけた古いビル。屋上では女の人がウ◯コ(?)を描いていた ^_^;

最後は隅田川沿いのCafé W.Eでアコーディオンを弾いていたFacebook友達のおりこさんと、台湾の列車、普悠瑪(ぷゆま)カラーの東武特急「りょうもう」。歩いているときは暑くて汗ダラダラだったが、墓参りついでにいい散歩ができた ^ ^
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不忍池では、大きな緑色の葉の間に鮮やかなピンク色が増えてきた。蓮の開花。不忍池の蓮は千葉公園の蓮よりちょうど1ヶ月開花が遅い。花の数でいうと今月末あたりがピークか?

先日我が家の庭にいた雌の褄黒豹紋(ツマグロヒョウモン)。スマホを近づけても逃げない。よく褄黒豹紋の写真を見せると「キレイな蛾」という人がいる。いやいや、このコは蛾ではなくて蝶です。。。もっとも、大抵の蛾もキレイだとmino猫は思ってるけどね (^^;
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成田祇園祭は、祇園会期間中の7月7・8・9日に直近の、金・土・日曜日の3日間にわたって開催される。一方浅草ほおずき市(四万六千日)は、観音菩薩の縁日7月10日とその前日の9日で曜日には左右されない。一昨年と昨年はこの2つの日程が重なった。天気の関係もあり、2年とも同じ日に梯子した。今年はずれたので8日(日)に成田祇園祭、9日(月)に浅草ほおずき市に行ってきた。

成田祇園祭にはもう何度も行っているので、実はほとんど写真を撮らずに飲んでばかりいた。なのでその少ない写真の中から辛うじてアップ。今年は久しぶりに神輿に出くわした。

浅草ほおずき市。今年のほおずきは、鉢植えのものは色づきが遅いようで、オレンジ色が鮮やかさに欠けていた。なのでほとんど写真を撮らず、短時間で回ってその後飲みに行った。

浅草ではお約束の東京スカイツリー。成田祇園祭に行くときに乗ったのはコレ ↓↓↓
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1968(昭和43)年6月21日に、京浜急行線・都営浅草線(当時は都営1号線)・京成線により、三浦半島~都心~成田が一本の線路で繋がった。相互直通50周年を記念し、2018年6月21日から2019年6月20日までキャンペーンを実施。その一環として、今日(7月7日)、明日(7月8日)、来月18日、19日の4日間、季節によって昭和40年代に運転されていた相直臨時列車「城ケ島マリンパーク号」と「成田山号」をリバイバル運転。「城ケ島マリンパーク号」と「成田山号」は、当時小学生だったmino猫も、これらに乗って川崎大師や城ケ島へ遊びに行き、帰って来た記憶がある。懐かしい。。。そこでプチッと撮影。まずは実籾~八千代台間のカーブで、8両編成の列車を対象にリハーサル撮影。

07:45、京成3000形(3038編成)による「城ケ島マリンパーク号」が通過。後ろは明日運転する「成田山号」のマークがついていた。

次に八千代台~大和田間で、やはり8両編成の列車を対象にリハーサル撮影。

10:57、京急1500形(1707編成)による「成田山号」が通過。やはり後ろには明日運転する「城ケ島マリンパーク号」のマークがついていた。

当時は朝に京急→京成×2本、京成→京急×2本、夕方に京急→京成×2本、京成→京急×2本の1日8本の運用だった。流石に今回は京急→京成×1本、京成→京急×1本の1日2本だけ。今回のリバイバル運転では、実籾~八千代台間のカーブにもmino猫以外に3人のカメラマンがいたし、TwitterやBLOGなどでも多数投稿されている。だけど、当時の「城ケ島マリンパーク号」や「成田山号」に乗ったことがある人は、その中の何パーセントくらいなんだろう??(^^)
今日は夕方、M山君と上野で軽く飲んだ。M山君を待つ間、暇つぶしに上野公園でプチムービーを撮影。



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雨の中、今朝はプチっと入谷の「朝顔まつり」へ行った。昨年はパスしたので2年ぶり3回目。

今年のトレンドはオーシャンブルーの琉球朝顔らしい。どこも積極的に売っていた。ブランド朝顔の団十郎は静かな存在。団十郎オンリーの鉢は少なく、他の2~3種類と一緒になったものが多かった。

朝顔市の元祖は真源寺。大田南畝の狂歌「恐れ入りやの鬼子母神」という洒落で知られた寺。

一緒に行ったM山君は今年も真利子農園で一鉢買った。雨の中、30分ほどの朝のプチ散歩であった。
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昨日は営業マンに同行して中央区日本橋のとある施設の下見に行った。ところがその営業マンが思いの外到着が遅れることが判明。なのでそれまで炎天下でのプチ散歩(何故か神社巡り)。日本橋本町のほっそい路地を進み、建物の隙間を抜けると、そこにあるのは寶田恵比寿神社。宝田村(現在の東京駅周辺?)の鎮守。小さな神社だが、毎年10月に商売繁盛を祈る恵比寿講が開かれ、べったら市で有名。

次は日本橋堀留町の椙森(すぎのもり)神社。江戸時代には江戸三森の一つに数えられ(他二つは秋葉原近くの柳森神社と新橋の烏森神社)、庶民だけでなく諸大名からも崇敬を集めたという。かつてここでは富くじが行われており、それを偲んで富塚が建てられている。

古い家を見つけたが、その角に「出世稲荷神社」と書かれた赤い幟が・・・建物の隙間を行くと、ビルの下の、壊れた洗濯機+乾燥機の後ろにその稲荷はあった。元々北条家の浪人達が住む屋敷に建てられ、江戸時代に初代市川団十郎が日参し名をあげたことにより出世稲荷と称されるようになったという。現在の社殿は、関東大震災後に椙森神社旧拝殿の廃材を再利用したものだとか・・・

同じくビルの下にある日本橋人形町の松嶋神社。小さな神社たが、祭神を見ると稲荷大神・伊邪那岐大神・伊邪那美大神・日前大神(天照大神)・北野大神(菅原道真公)・手置帆負神・彦狭知神・淡島大神・八幡大神・猿田彦神・琴平大神・天日鷲神(大鳥大神)・大宮能売神(おかめさま)・大国主神(大黒様)と、もの凄い事になっている。なんでも鎌倉時代にはこの一帯は入り江の小島で、その小島に移り住んだ人が邸内に諸神をごちゃっと勧請したためだという。また夜はここで燈火が焚かれ、付近の航海の安全が保たれていたらしい。最後はこれまた小さな日本橋浜町の元徳稲荷神社・綱敷天満神社。この辺りに屋敷を構えていた細川公が邸内に元徳稲荷神社を祀り、後に綱敷天満神社を合祀したのだという。

とにかく細かい神社が多く、その中で見つけた五つを巡ってみた。しかし、調べて見ると流石にどの神社も多くの謂れがあるのねぇ~ ヽ(・∀・)
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記録的な速さで梅雨が明け、毎日暑い日が続いている。今年は例年よりも早い本格的な夏の到来。しかしまだ、上野公園ではたくさんの紫陽花が咲いている。色は褪せ気味、少々干からび感もあるが、今朝出勤の途中でちょっぴり撮影。今年最後の紫陽花。

そしてJR大塚駅付近の都電沿線の薔薇。こちらも干からび感は拭えないがまだまだたくさん咲いている。ランチした後にと都電と一緒にプチッと撮影・・・というか、こちらはメインは都電か??(^^;

YouTubeのプチムービーも含め、すべて1,000円で入手したSONY Cyber-shot DSC-WX170で撮影。



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江戸時代中期に富士信仰によって多くの富士講が江戸を中心に生まれ、それによって富士山を模して数々の富士塚が造られた。富士山の山開きである7月1日(またはその前後)にこれら富士塚でも山開きが行われる。昨日の下谷坂本富士に続き、今日は豊島区池袋本町の池袋氷川神社にある池袋富士と、王子神社の境外末社で北区中十条にある十条冨士神社=十条富士に行ってきた。まずは池袋氷川神社。
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賑わっていたがいかにも地区のお祭り的な小規模なものだった。願い事を書いた短冊を飾る子供達。

池袋富士は、明治45(1912)年に富士講の一つである池袋月三十七夜元講によって築かれたものだという。登拝できるのは一年のうちで7月1日の正午から午後6時までの6時間だけ。

池袋氷川神社と十条冨士神社はさほど離れていないので徒歩で向かった。JR十条駅とJR東十条駅の間の演芸場通り商店街。商店街の名前は、もちろん途中にある篠原演芸場に由来する。

十条冨士神社周辺は露店が並び、池袋氷川神社とは比較にならないほどの人の数。

十条冨士神社は常時塔拝可能。それ自体が富士塚=十条冨士で、元々古墳のあった場所を利用して明和3(1766)年に造営され、明治4(1881)年に再建もしくは整備されたものだという。現在の登山道は直線の急な石段だが、他の富士塚のようにジグザグに登るかつての登山道の跡も見受けられる。直線階段よりもそちらのほうがいいな。。。塔拝する人達で長蛇の列になっていたが、待ち時間はさほどでもなかった。

山頂の石祠。昨日は塔拝者が多いので一方通行。別の階段から下山した。

今日も暑い一日だったが、とりあえず2つの富士山に登れたので満足 (^^)
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台東区下谷の小野照﨑神社では、今日(6月30日)と明日(7月1日)の2日間、浅間神社(下谷坂本富士=富士塚)の山開き。風が強いが天気が良かったのでmino猫もプチッと登ってきた。

5月の例大祭でも開かない浅間神社の門。それが開いて今日は多くの人が登拝していた。

麓には役小角。途中にも石碑や祠が・・・

山頂へ着いたらハプニング!・・・蝉の幼虫が穴から出てきた。通常羽化は夜だし、周囲に格好な木もないし、ましてや登山者に踏み潰されてしまう。一緒に山頂にいた2人の女性と2人の小学生達と相談し、麓の木の根元に連れて行くことにした。はたして朝になったら飛び立って行けるか?

富士塚に登った後は神社の周辺を散策。古い家屋が多く残るこの辺りはグッときまくり(^^)
© 2009 minocat